※本日は201回目のひとさじの会の活動でした。

今回、高瀬先生の講義で興味を持ち、このボランティアに参加させていただきました。

最初は緊張していたのですが、皆様が笑顔で温かく迎えてくれ、準備を進めていくうちに緊張も次第にほぐれていきました。

そして、ボランティアが始まりおにぎりを配りに。

それまでは普段関わりのない人達だったので怖い印象があったのですが、実際にボランティアを通して関わり些細な会話ではありましたが、路上生活者の方々は様々な理由で路上で生活をしており、生活する場が違うだけでそれ以外は私達となんら変わらなく、あるいは私達よりも何倍も強く日々を生き抜く生命力があると、感じました。

また、このボランティアをなぜしているのか?という理由に関しても何人からか話をお伺いしました。

元路上生活者であり、この活動に救われて自分も何かできることがあるならしたい。という方や、私と同じ年代の人がちょうど今、路上生活をしていると思うと何か放って置けない、このような活動があったので参加した。

私達がボランティアに参加する理由は様々ですが、自分に何かできることがあるなら、という思いが集まりこのようなボランティアがあることが私の心にはとても響きました。

普段は話さない方々にお話をお聞きでき、ボランティアを通して様々な人々の想いを知り、とてもいい経験になりました。

ぜひ、機会があればまた参加したいと思います。
※本日は201回目のひとさじの会の活動でした。

10年くらい前にインドのカルカッタに行ったことがあります。その時に路上で物乞いをする片手片足のない方にお会いしました。その方は瀕死の状態に見えました。

お会いしたといっても、怖くて近くには行くことができませんでした。でも何かできることはないのだろうか、と立ち竦んでいましたところ、一人の日本人のシスターに出会いました。

シスターに「わたしは何もすることができません。でも彼を救うことはできないのでしょうか」とお話ししたところ、「人をみんな救うという考えはおこがましい」と言われました。でも祈ることはできます、と教えられ一緒に祈りました。

それでも気がかりで次の日も同じ場所に行くとその方はおられませんでした。ボランティアの方が手当てをされたようでした。

この出来事を私は時々思い出します。

今回、ボランティアに参加することができて、またこの出来事を思い出しました。自分の身体を使って、誰かのために今できることをする人たちがおられます。

ひとさじの会の代表でおられます吉水さんと一緒におにぎりを配らせていただきました。

おにぎりをすべて配り、おにぎりがなくなったのですが、まだ路上生活者の方が数人いらっしゃるという状況で躊躇することなく吉水さんはすぐに走っておにぎりを買いに行かれました。

迷いのないそのお姿にどうしてこのようなことができるのだろうか、と思いました。わたしも走っていける人間になりたいと思いました。

以前祈ったわたしは心残りだったのです。できることならば、行動できる自分でいたい、という思いがどこかにあったのだと思います。

祈りももちろん大切な行為です。相手のために祈ること。そして相手のために行動できる自分でいられますように、と祈りたいとも思いました。

ボランティアが終わった後、なぜか気持ちが清々しくみなさまの笑顔に出会えて満たされた気持ちになりました。このような気持ちになってよいものかと迷いましたが、いいのです、と教えていただきました。

大変な毎日を過ごされている方がたくさんおられます。未熟な私はいつも誰かから教わることばかりです。

「ありがとう」と言われることに救われているのは私自身でした。「ありがとう」と言ってくだったこと、これまでの会の活動の積み重ねの賜物だと思います。

ボランティアに参加させていただき、本当にありがとうございました。
※本日は201回目のひとさじの会の活動でした。

ひとさじの会に参加させていただいて、ありがとうございました。

初対面にもかかわらず皆さんが笑顔で迎えてくださり、新しいお仲間ができたようで、私は世界がまたひとつ広がりました。

ボランティアの皆さんの、おにぎりを握り、お配りするお薬や下着の確認をする際の、手慣れた無駄のない行動にとても感心いたしました。

そして吉水先生の「元路上生活者だったボランティアのおじいさん」のお話が何より心に沁みました。

ひとさじの会の活動を通して、お寺というこの空間が皆さんの心の依り処になっていることを肌で感じながら、一緒にお念仏をお唱えさせていただきました。

何より私自身が居心地が良くて、初めてお邪魔したことを忘れてしまいました。

隅田川の岸辺でおにぎりを差し上げながら、「おじさん」とお話ししたのもただ純粋に楽しかったです。

「また次、2週間後に会いに来ますね~、おやすみなさい。」の挨拶は、ささやかな再会の約束ですね。

顔馴染みになられたボランティアの方にまじって、私も親しげにお話しさせてもらえて嬉しかったです。

地道な活動があってこそ、信頼関係ができているのだと思います。

私にとって色々と学びの多い活動ですが、遠くからボランティアに参加される方もいらっしゃるようで、活動を続けていくことの難しさを感じました。

と同時に、こつこつと10年も続けてこられた吉水先生はじめ、皆さんのご苦労がいかばかりかと頭が下がります。

あまりお役には立てませんが、私にとっては仏様にいただいた貴重なご縁ですので、時間の都合がつく限りこれからも参加させて頂きたいと思います。

ボランティアの皆様、ありがとうございました。
※本日は200回目のひとさじの会の活動でした。

この度、ひとさじの会の活動が節目の200回目にあたるということで、偶然にもこの記念すべき日に協力できたことを大変光栄に思います。

本来であれば、高瀬代表や吉水さんと共に継続的に携わってきた方々による感想文が200回の節目には相応しいのでしょうが、私のような初参加者の駄文をお許し頂きたく存じます。

200回という数字を考えますと、この活動に携わった人数はどれくらいになるのでしょうか。一回限りの方もいたでしょうし、毎回参加されている方もいると思います。

私が友人と参加した今回の活動においても、協力者の方々がもつ動機は様々でした。ですから、この活動の目的や意義をひとまとめにすることは難しいのだと思います。

それは活動を通じて個々に見つけ出すものであると想像できますし、きっと何回も参加されている方と私とでは見える景色が異なるのでしょう。

私に確固たる信念があったわけではありません。しかし、人が人を助けてはならない道理などあり得るのだろうかと考え、この活動に参加しました。

実際の支援活動を経て感じた個人的な後悔と反省を感想文にしたいと思います。

路上生活者への配食は未知の経験でしたが、特に問題なく始まりました。何人かと世間的な会話もありましたが、私個人に限ってみれば、流れ作業になっていたことは否めません。

最後のおにぎりを渡そうとした一人の路上生活者との会話が今も心に残っています。

「お前たちは配っているだけだろ」と、ハッキリ言われました。

彼の意図がよくわかりませんでしたが、彼は体調が悪いので食べられない旨を示していましたので、ご飯の心配ではなく身体等にも気を配ってくれという意味なのかなとも思いました。なんとなく気になったので私は五分ほどその場に残ってお話しました。

その路上生活の方が、我々の用意したおにぎりとは違うご飯を見せて「俺は○○でこの飯を貰った。ちゃんとお辞儀してもらったのだ」と教えてくれた時、私はハッと何かに気付いたのを覚えています。

お辞儀とは「礼拝」のことを指していたのでしょう。その時は、言葉にまとめられませんでしたが、今思い出してみますと徐々に私の中で今回の活動に対する個人的な後悔と反省が浮かび上がってきます。

何か仏教の難しい教理を説くわけではありません。しかし、仏さまの「ほ」の字も出していないことに気づいたのです。どうして、私は皆さんからの感謝の言葉を自分が施した恩に対する言葉のように感じていたのでしょうか。

「恩知らず」という言葉があります。その反対に恩を知ることを、仏教の用語では「知恩」といいます。ただし、この知恩とは仏さまのご恩を知ることに他なりません。

世尊のお弟子である尊者スブーティが経典の中で説かれた言葉が想起されます。

私たちは世尊の恩を知る者になるべきであり、恩を知らない者になってはなりません。

私がこの活動に参加したご縁も根源的には仏さまからのお導きであります。そして、本当の意味で施してくださったのは仏さまに他なりません。

そのご恩を抱いていれば、私自身が自然と合掌することが出来たでしょうし、支援を受けた路上生活者の方々も一緒に手を合わせてくれたかもしれません。

合掌 南無阿弥陀仏
※本日は200回目のひとさじの会の活動でした。

各支援団体様の取り組みの成果もあり、年々全国的にホームレスは減少傾向にありますが、台東区では依然多くの方が路上で生活をされております。私自身、台東区で生活をしておりますので、街中でよくホームレスの方をお見掛けしておりました。

「なにか自身にできる事はないか」という思いはありましたが、どのような方々がどのような思いで生活をしているのかわからず、漠然とした隔たりを感じておりました。

今回、「ひとさじの会」を知ったきっかけは友人より貴会の活動をご紹介していただいたことでした。地域社会への貢献のためにご活躍されている御上人がいらっしゃる事を知り、感銘を覚え、身をもって体験をすべきであると思い、炊き出しの活動に参加いたしました。

活動では参加者で協力して心を込めておにぎりを握り、配布用の備品を準備しました。その後、阿弥陀様にお念仏をおとなえし、各地区を分担して生活困窮者におにぎりをお配りしました。

おにぎりをお配りしていると、お顔を合わせてホームレスの方とお話しをする機会を何度も頂きました。言葉を交わすのは初めての経験でしたが、想像より抵抗なく受け入れてくださいました。

また、自分が握ったおにぎりをお渡しし、感謝の言葉を頂けたことは大変嬉しい思いであり、貴重な経験となりました。

今までホームレスの方にどこか近づき難い感覚がありましたが、活動中「なにかお辛いことはないですか」と、お話しを聞くうちに自然と悩み・苦しみに共感を覚えていました。

今回の活動を通し、ホームレスの方々も根本的な悩みは私たちと同じであると感じました。私たちも孤独に悩みを抱えることに、なによりも不安を覚えます。

ホームレスの方の継続的な生活向上への取り組みは非常に難しい課題です。しかし、心の繋がりを持つことは万人に共通する救いであり、誰しも必要としている支援ではないでしょうか。

また、ホームレスの方々が見ず知らずの私を信頼して快く受け入れて下さったことは、偏に貴会が長年にわたり築いてきた信頼の賜物であると思います。

貴会のご活動が平成30年8月20日をもって200回目を迎えられたとのことです。尊いご活動を継続されてこられたことに心より敬服いたしますとともに、大切な節目にご縁を頂戴でき、参加させて頂けましたことを光栄に存じます。

当活動が今後益々発展継続する事を祈念いたします。合掌