※本日は187回目のひとさじの会の活動でした。

2月5日(月)はひとさじの会の活動に参加させていただきありがとうございました。

炊き出しの準備よりお手伝いをさせていただきましたが、寄付をされた貴重なお米一粒一粒への感謝をはじめ、一つ一つの作業にも感謝が込められている空気を感じて、よい意味での緊張感の中での作業を体験させていただけたと思っています。

手の切れるような冷たい水で米を洗い調理器具を洗ったその後にも、自分の手にじんわり戻ってくる体温を覚えて感謝を新たにしました。

法要後、夜の配食では、私は上野のエリアを担当させていただきました。

お一人お一人に声をかけておにぎりなどをお渡しする、ほんの短い間のコミュニケーションではありましたが、皆さんのこちらをご覧になる穏やかで優しいまなざしに包まれて、私も優しい気持ちになることができたと感じています。

社会の構造上の問題として語られるような蘊蓄とは全く別な次元で、そこにはかけがえのないお一人お一人のいのちがあり、そして冬の寒空の下で夜を過ごさざるを得ない苦しみを抱えているということを、しっかりと胸に刻ませていただこうと思っています。

貴重な体験をさせていただき本当にありがとうございました。
来月にも再度おじゃまいたしますがよろしくお願いいたします。
※本日は185回目のひとさじの会の活動でした。

私は昨年12月よりビッグイシュー基金というホームレス問題に取り組むNPOに勤めております。

様々な当事者の方への応援プログラムの内のひとつとして、また私自身の勉強のため、ひとさじの会さんの夜回りに参加させていただきました。

私自身まだ経験が浅く、夜回りに関しても今回で2回目です。前回は昨年12月末に東京駅周辺を、今回は上野駅と上野公園周辺を雨の中まわりました。

前回とくらべて印象の違いとしては、路上生活の方々の数の多さです。時期やタイミングによっても変わるものだとは思いますが、中には屋根のある場所を当事者の方同士で共有して、お互いでコミュニケーションを積極的にとられている方々もおりました。

仕事や家がなくなり路上生活になる大きな原因のひとつとして、社会的な孤立というのものが考えられますが、厳しい中でもそれぞれが声をかけ合っているお姿は、今後サポート活動していく上での何かのヒントにできないかと思います。

多くの方はダンボールで雨風をしのいでいるのですが、土の上にただ横たわっている方もいらっしゃいました。人さじの会さんの夜回りでお配りしているものは様々なケアに配慮されていて、そのときは防寒用のシートを用意し、まとっていただきました。

配布物としてはそのほかに数種類の食べ物、帽子や手袋などの防寒グッズ、お薬、さらにはおみくじまでありました。これは当事者の方々の精神的なよりどころにもなるアイデアだと思います。

夜回りというのは当事者にとってはあくまで一時的な支援活動なのかもしれませんが、たとえその場だけでも飢えや寒さが少しでも和らぎ、明日のための助けとなるのなら今後も継続していくことが大事だと感じました。

ひとさじの会さんの活動のご様子や携行品を見た限りでも、これまでの地道で有意義な活動で培ってきたご経験と思慮をうかがいえることができました。

今回の参加を通して、ホームレス問題とむき合い当事者の声を世の中に届けるという課題について、さらに取り組んでいきたいという思いを強くしました。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
※本日は184回目のひとさじの会の活動でした。

この度、ひとさじの会の活動に初めて参加させていただきました。

私が、この活動について知ったのは職業経験や個人的な体験によって悲嘆反応や癒すための方法に関心があり、ひとさじの会の活動についても記載されている『喪失とともに生きる』という書籍を読んだことが、きっかけでした。

これまで病院や救急の場でホームレスの方に接することは何度かありましたが、身体疾患については解決されたとしても、その方々の抱える背景事情について解消されなければ元の木阿弥になると考えていました。極端な言い方をすると「この人たちは何故この状況に甘んじていているのか」とも。

しかし、こちら側の視点からの一方的な決めつけは双方の信頼関係の喪失となり、エスカレートしていけば排除にもつながっていくものでもあるようにも感じられます。

大切なことは目に見えず、相手に寄り添い偏見を持たずに接して話を聴くこと。大変難しいことだけれども、ただただ問題を片づけることに関心を向けるだけではなく、活動を通して身につけていきたいと思います。

今後とも参加させていただきたいと考えています。ありがとうございました。
※本日は183回目のひとさじの会の活動でした。

今日、ひとさじの会の活動に初めて参加しました。

私は、大学生ですが、学校の授業や課題などと関係なく、自分自身の興味で参加しました。

その興味とは、ホームレスの方達は私の知らない世界を良い意味でたくさん知っているだろうから、ぜひ聞いてみたいという軽い興味本位の気持ちです。

初めて見たホームレスの生活は私の知らない世界でした。

寝る時は硬い地面、暖かい毛布もない、お腹もいっぱいにならないという私が体験したこともない世界でした。

この活動に参加する上での私の目的は、ホームレスの人と話し、私の疑問を解決することです。

しかし、12月4日の活動では、積極的に話すことができませんでした。

相手のふところにどこまで踏み込んで良いか、どんな話をしたら良いのか、私が質問して相手は傷つかないかなどの不安があり、思い切った話ができなかったのです。

活動後に反省し考えた結果、もう少し相手のことを考えれば、相手と近い立場で話せる気がしました。

たとえば、初対面の人に自分の人生のことをペラペラと話す人はあまりいないでしょう。

なので、まずは、もっとこの活動に参加することから始めたいです。

そして、ホームレスの方達と仲良くなり私の疑問を解決していきたいと思います。

いずれは、私がホームレスの方を支え、ホームレスの方が私を支えるような関係性が築けたら良いなと思っています。

ひとさじの会は、私に知らないことを教えてくれ、非常に良く、楽しい経験をさせてくれました。

これからもこの活動に参加し、もっとたくさんのことを学ばさせていただきたいと思います。

ありがとうございました。
※今回は182回目のひとさじの会の活動でした。

11月27日、マフラーが必要なくらいの寒さの中、2度目のひとさじの会に参加しました。

ひとさじの会については大学の講義で知りました。それまで、路上生活者というのは「素通りしてしまう存在」であったり、ともすれば「近寄りがたい」「何を言われるか恐い」という印象さえありました。

初めて参加した時にはとにかくドキドキしていきました。何かトラブルに巻き込まれるのではないか、怒られるのではないか。

そんな思いとは裏腹に、初めておにぎりを渡した路上生活者の方に言われた最初の言葉は「ありがとう」でした。前回も今回も、もしかしたら一番多く言われた言葉が「ありがとう」「いつもありがとう」という言葉でした。

ひとさじの会の築き上げた信頼、そして自らがどれだけ無関心で彼らに目を向けずにいたのかを実感させられる言葉でした。

ひとさじの会における夜回り活動は夜8時から10時の間に行われ、おにぎりやカイロを配ります。配食用おにぎりの炊き出しは午後3時から始められます。

お手伝いの中にはベトナムや韓国、台湾からいらした方、福祉に携わっていた方、仏教に興味を持たれている方など様々な方が集まって、路上生活者のためにおにぎりを握ったり、荷物をまとめたりしています。

その中にはお子さんや学生、退職した方など老若男女も入り混じっています。もちろん副住職以外の僧侶の方含めて、皆さんで明るく活動をしていらっしゃいます。

これだけ様々な人々が、路上生活者のために何かできないかと、あるいは単純な興味だったとしても、素晴らしい共有の場であると感じました。

ですが疑問もありました。ひとさじの会の炊き出し・おにぎり配食は月2回の行事です。月2回の配食で、本当に彼ら彼女らのためになるのだろうかと。ある方に尋ねてみました。

返ってきた答えはこうです。まず何よりも大切なのは、「あなたのことを気にかけている人がここにいますよ」ということを伝えることなのだと。

ひとさじの会では路上生活者の方々を親愛の情をこめて「おじさん」と呼びます。何の力もない私ですが、「寄り添う」ことならできるかもしれない。

月2回だとしても、「いつもありがとう」と言って下さる「おじさん」との不思議な縁に感謝して、これからも「支縁」活動に参加していきたいと思っております。