※今回は177回目のひとさじの会の活動でした。

私が参加した夜は、穏やかで、暑くもなく、霧にてっぺんを隠したスカイツリーとそこにかかる橋の光が川面に静かに流れていました。

午後10時過ぎ。それぞれの場所でおにぎりを配り終えて駒形橋のたもとで集合、報告し合い、祈りのうちにひとさじの会の活動を終えました。

周りは夜間工事の人たち、晩の10時過ぎなのに行きかう人々と車の流れ。この騒然とした現実世界に戻って、いかにその前の2時間が静かなひと時であったかに改めて気づかされました。

おじさんたちとの2時間は、緩やかで、生活も心も外界の雑音に侵されていないように見えました(昼間はきっとほかの顔を持っておられるのでしょうけれど…)。

私が過ごしている日常は時間に追われ常にあわただしいものなのに、それと比べると大違いです。でも、そう感じるのは環境のためなのか、もしかしたら私自身の心持ちがそうなのかもしれません。ふと、そんなことを考えさせられました。

活動中、 “ホームレス生活の新人”のおじさんに会いました。声をかけ、おにぎり・春巻き・お茶をお渡しし、お話を聞かせていただきました。ここにきて1か月ほどということ、その地域にも詳しくなくどうして行こうか不安であまり眠れないと言っていました。とても不安だったと思います。

もし、私がそのおじさんだったら、このおにぎりは本当にありがたく感じるのではないかと思います。さらに、一人の人として言葉をかけてもらえ、自身の不安を言葉にすることができ、それを聞いてもらえたなら、張り詰めていた心もちょっとほどけるのではないかと。もしかしたら、その機会を頂けたことに感謝し、泣いていたかもしれません。あのおじさんが、次の一歩を踏み出すこころとからだの元気を得ていてくださるといいなと心から祈ります。

今回参加させていただいて、驚いたことのひとつに活動に参加していた人たちの年齢があります。皆さん若いのです。とっても頼もしくうれしい気分でした。

「夜遅く若者が外でたむろって…」と今までの私なら冷たい目をして眺めていたかもしれません。でも、夜更けることも厭わず集っているこんな素敵なグループがあるのだ、と初めて知ることができました。

いろいろな社会の在り方、見かた、接し方をたくさん教えて頂いた大事なひと時をありがとうございました。
※今回は176回目のひとさじの会の活動でした。

先日、活動に参加させて頂きました。

子供のころ、私の学校の通学路に路上生活者の方がいました。その人は髪がぼさぼさで、いつも同じ服を着ていて、皆が皆、道行く人はその人のことを避けて歩いていました。子供だったこともあり、私自身、路上生活者の方を怖く、不気味な存在と思っておりました。

この「ひとさじの会」の活動を知ったのは今から二年前、大正大学に入学して浄土宗僧侶への第一歩を歩み始めた頃に受けた授業でした。その当時は授業の一環として「こんなことをしている方もいるんだ」と思った程度でした。

ですが浄土宗僧侶の行をしていく中で、自分に一体何が出来るのだろうかと考えるようになり、少しでも色々なことをしていきたいと思ったのが、この活動に参加させていただいたきっかけです。

私の路上生活者のイメージは、冒頭に述べたように、髪がぼさぼさ、いつも同じ服を着ていて、一般の方はその人のことを避けている、というマイナスなイメージが強く、実際に路上生活者の方と相対した時、果たして自分は普段通りの態度で路上生活者の方と接することができるか、とても不安でした。

実際におにぎりを配るときに、最初にお会いした方は少し怖そうな方で、お渡しするのは少なからず緊張しました。自分のような若造がして何か言われるのではないか、などなどネガティブなイメージがわき上がってきました。

しかし実際に「こんばんは」とお声をかけて話しかけてみると、そんなことはなく一般の方と同じように会話出来ました。お昼に参加者皆で作ったおにぎりをお渡しすると、快く受け取って頂けました。またおにぎりをお渡しした時、少し話もさせて頂けました。勿論、そこまで深く話させて頂けた訳ではありませんが、とてもよい経験で、ああ自分でも少しは出来ることがあるのかもしれないと感じられました。

何故路上生活者になってしまうのか、本人には聞けないことであるし、私が何か特別なことが出来るわけではありません。ただ私にできる事は、それが自己満足かもしれないけれども、この活動を通じ、路上生活者の方々にわずかでも支援をしていくことだと感じました。また同時に路上生活者の方々に少しでも寄り添って話を聞けるようになっていきたいと考えました。
※今回は175回目のひとさじの会の活動でした。

私は初めてボランティア活動に参加しました。ホームレスの方がいるのはもちろん知っていましたが、彼らがどのように生活しているかなんて考えたこともなかったので今回の活動は考えるよい機会でした。

活動ではお薬を詰めたり、おにぎりを作ったりします。そこにはベトナムの方もいて春巻きを作っていました。日本人も参加する人は少ないのに、海外の人が日本のホームレスの方の為に料理していることに私はとても驚きました。

そこで活動している人やお米を寄付してくださっている人にはそれぞれ自分の生活があります。参加している理由は人それぞれだと思いますが、みんなホームレスの方の力になりたいという気持ちは同じだと思います。

実際にホームレスの方にお声がけをするときに、大勢で囲まない、同じ目線で話すなど、自分がされて嫌なことはしないという基本的なことだけれど、意識していないとできない事を教えていただきました。

ホームレスの方々はみんなそれぞれにいろんな事情があると思いますが、同じ人間であることに変わりはないので、一度ではなく継続的に行うことが重要であると思いました。

これから就職活動もあり忙しくはなるとおもいますが、また参加できればすこしは社会のためになれるのかなと思います。
※今回は175回目のひとさじの会の活動でした。

ひとさじの会へ参加し感じたことは、人の温かさです。駅前にいる、路上で生活をしている人、段ボールにくるまって眠っている人、今まで見たことはありますがその人たちに自分から近づいていくとなると、初めは正直不安な気持ちでいっぱいでした。

高校生だったころ、毎朝利用していた電車に大きな荷物を抱え、路上で生活をしているのかなと思うような人が乗車していました。その人は何とも言えない異臭を放っていて、いくら満員の電車でも誰もその人の周りに座ったり立ったりする人はいませんでした。近くにいたけど、ずっと目を背けていました。

おむすびを渡して避けられたりしたらどうしようという不安もありました。しかしいざ行ってみるとなると驚いたことに、「お~!待っていたよ!」と声をかけて下さる方が多かったのです。待っていたよ、と言われたことにとても温かさを感じました。私が必要とされているのだと思いました。

おむすびを配って、体調を聞いて、たくさん話をしてくださる方もいて、とても楽しかったというのが感想です。

お酒を飲んで5人ほどで楽しんでいる方もいました。想像していたこととは真逆で、明るい方が多かったことに私が救われました。

「いつもありがとう、とても助かっているよ」と声をかけていただくことが多かったのですが、このような活動をして、触れ合った人のとびきりの笑顔や温かさに触れて、助けられていたのは多分私の方です。

これから先、辛いことがあってもがんばろうと思えた経験でした。そして同時に、私も誰かに優しさを届けることができるような人間になりたいと思いました。

東洋英和女学院大学の学生のひとさじの会への参加は初めてだと伺いましたが、本当にとても良い経験だったので、可能であれば来年もぜひ、後輩にも経験してほしいと思います。
※今回は175回目のひとさじの会の活動でした。

日本の貧困を、こんなにも間近に感じることができたのは初めてでした。雨が降っていたため、多くのホームレスの方は、アーケードなどの雨をしのげる場所にいました。

ホームレスの方は皆、心が温かく優しかったです。ホームレスの方にとっては大切な家のような空間に、私がお邪魔をしても優しく迎えてくれ、「ありがとう」と言ってくださいました。

私が渡せたものは、おにぎりと、春巻き、飴玉、薬という、生活においては小さな糧にしかならないものとも思えるものです。しかしそれでも、ホームレスの方は感謝を伝えてくださいます。

この活動は、ホームレスの方の小さな糧のようにも思えるかもしれないですが、ホームレスの方が地域の方と関わりを持つことができる機会となり、お互いに思い合い感謝し合うという、大きな支援となる素晴らしい活動だと感じました。

また、自分は感謝されるだけでなく、感謝する立場でもあることがわかりました。ホームレスの方にとっては、寝るところは家であるため、そこにお邪魔させていただいたからには、ありがとうという感謝の気持ちを持たないといけないと思いました。

いままで、日本の貧困を知らずに、見て来なかった自分は、何もわかっていなかったと思います。

今回、日本の貧困はこんなにも深刻であり、国の問題であると感じることができました。この活動は、自分の経験や価値観を変えるものとして、とても意味のある活動だったと感じます。