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本日はちょっと少なめの9名でお念仏
4月21日(日)17時30分から埼玉桶川の淨念寺にてお念仏会勤めさせていただきました。

副住職の名和清隆上人はお通夜の忙しい合間にご一緒に勤めて下さいました。ありがとうございました。子育て呑龍上人との尊きご縁を私の娘が結ぶことができうれしく思いました。

実はこの念仏会に参加する直前までお念仏の思いを原稿にまとめていました。その思いを声に乗せて、淨念寺の仏さまと向き合う尊い時間をいただきました。本当にありがとうございました。

許可をいただいたので、その原稿を若干の修正を加えて転載させていただきます。

--------以下、転載内容--------

「助けて下さい」(文:金田昭教)                       

今から十年程前の学生時代、弁栄上人という方の著書『宗祖の皮髄』とその伝記『日本の光』に出会って、本当の意味で僧侶になることを志しました。直接お会いすることが、相手の温かな人格に触れる最大の方法であることはいうまでもありませんが、本を方便として、こんなに温かな人格の温もりが読み手に及ぶのかと、驚いたりもしました。その本から発せられる温かきものは、念仏実践への導火線となり、また道を邁進させる糧として私を引導して下さいました。

ところがです。
だんだんと光もとめる熱さめて ほとけわすれの時ぞ多けれ
おそろしい! 私の弱き心の存在が。忙しさとは、文字通り「心を亡ぼす」危険をはらんでいることを警告しているのでしょう。しかし、たとえ忙しくとも、生活環境が変わろうとも、いつでもどこでも、仏さまを想うことができる、それがこの念仏実践の尊きところでしょう。他の仏道修行ではそうはいかないのですから。また、忙しくなく時間がある時においても、誘惑にまけ、修養の時間ではなく、娯楽の時間に費やす意思薄弱な我が心。

ああいかにせん、心惑わす我が心。

その弱き心に立ち向かうべく、初心と同じように「導火線と糧」を願い求めて、弁栄上人の著書を再読し始めました。そこには、多くの叱咤の言葉が私の胸に突き刺さります。「尊き時間は聖き如来の賜なれば猥(みだり)に捨ては罪甚だ重し。」または「肉の弱き意志の虚に乗じて魔は侵入して意志を変じ性格を転じて人格を堕落せしむ」、時間を無駄にする罪の重さ、そして、自分の弱き意思だけでは堕落するぞ、との警告に驚倒するともに、道を誤った時に、叱咤して下さる弁栄上人とまた本を通してお会いできることがうれしくもありました。

ともかく、この穴から這い出なくては。

私の場合は、弱き心の穴ですが、皆それぞれ失意の穴、悲しみの穴、傲慢の穴、その他の穴からの救いを求めて、佛の教えを本気で求めるものだと思います。その穴に陥ったときに、普通は必死でもがき助けを求めるのでしょう。しかし、私はその助けを叫びながらどこか喜んでいるのです。そのおかしな喜びの訳を告白させて頂きます。

私は弁栄上人の著書に触れる前、そして触れた初期の頃、法然上人の教えを鎌倉時代の古くさい、ちっぽけな教えと恐ろしく誤った考えをもっていました。「どうすればこの人生が輝くのかを考えたいのに死後の幸せを願うなんて、馬鹿じゃないの?」そう思い、あちこちの別時会に参加しては信頼する念仏者に、よく「私、往生したいと思わないのですが?」とお尋ねして、ドン引きされていました。しかし、それが正直な偽らざるそのときの素直な求道の思いなのです。その詳細はまたのご縁に。

さて、そのような法然上人の教えを軽んじる私は、もう一つ大きな疑問を持っていました。念仏の時の心のあり方です。法然上人のお言葉に「南無阿弥陀仏というは、別したることには思うべからず。阿弥陀ほとけ、我を助け給へという言葉と心得て」『つねに仰せられける御詞』というお示しです。「南無阿弥陀仏」と念仏するその時、心には「助けて」と思いなさいとお示しして下さっているのですが、ちっとも「助けて」と思えないのです。私は光明を求め、また自分の向上を求めて、念仏をしておりますが、「助け給へ」と思って念仏できないのです。そこで、ドン引きしているお坊さんにさらに問いかけていました。「念仏する時に、心に何を思えばいいのですか?」「法然上人の言うように助け給えと思えません。(だって困ってないんだもの)」。

あるお坊さんは自分でその答えを見つけなさいとおっしゃいました。その時、「あっ逃げられた」と思いましたが、今考えてみれば最高の答えだったように思います。そう、自分でその答えを見つけるしかないんですね。いろいろ経験をして。

そこでいろいろ工夫をしてみました。「助けてと思えない私を仏さま助けて」そんな思いで念仏してみたり、自分を追い込んでみたりしました。しかしそれをしても納得のいく答えにたどりつくことはありません。おそらく光がない闇の中にいるため、自分を苦しめている心の魔の影にも気付かない。だから「助けて」と出ないのでしょう。「助けて」と思えない私は、念仏のときの心構えについて必死に経典と先師の著書を読み、答えを探しました。その中で、念仏の心構えには、大きく二種類あることを突き止めました。

一つは「助けて」です。そしてもう一つ、「源空は、すでに得たる心地にて念仏は申す」と法然上人はおっしゃっています。得たる心地とは「私の前に仏さまがいらっしゃるお浄土の心地」と解釈すると、弁栄上人のお便りに「真正面に在まし慈悲の面をむけて母の子を思うごとくまします。あなたは其のみをおもうて専らに」お念仏しなさいとのお示しとピタリと一致します。つまり、ただ仏さまが前にいらっしゃると思って念仏するとの答えに辿り着いたのです。

それで、この念仏の心構えについての疑問は解決されたものと思い今まで歩んできましたが、思い掛けず穴に落ちてしまい「助けて」が出てきたのです。実は穴に落ちたのではなく、穴に落ちていることに気付かせて頂いたのかもしれません。今、心から「仏さま、助けて下さい」と思っているのです。そして、弱い自分の意思ではこの深い穴から抜け出すことはできないと痛感しているので、思いは本気になり熱をおびてきます。

法然上人と弁栄上人の言葉がさらに熱を上昇させて下さいました。

法然上人の弟子聖光上人の著書『念仏三心要集』に次のようにあります。
(原文)
師云く、聖光房が助け給へ阿弥陀仏と云をば、人は尼なんどの様にと云に合たり。未だ我が意を得ざるなり。他力往生とは是をこそいへ。法然上人御房はもとどり(髻)なき十悪の凡夫と身をなして仏助け給へと申すをこそよかれと仰せられしが、仏の加を蒙りて、光を拝ませ、法利を説きて聞かせ給へ。加の未だ無かればこそ、光をおがまず、法をも聴聞せられめと申し居りたるに、仏助け給えとは念々に云うべきなり。言こそかわれたれ只同じ事なり(明治二十一年五月 宇田総兵衛発行和本より)。
(現代語訳)
法然上人がおっしゃいました。「弟子の聖光房が助けて下さい阿弥陀仏と言い念仏しているのを、尼の様だと言っている者がいます。その者は私の思いを理解していません。他力往生とはこの助けて下さいということなのです」。法然上人は「髪を剃り僧侶の姿となり、更には十悪の凡夫の身であることを自覚し、仏さま助けて下さいと申すことが大切です」とおっしゃっておられましたが、それは仏の恩恵を蒙り、光の実感、そして仏の尊きお言葉を聞かせてくださいと願うこと(と同じなのです)。仏の恩恵を未だに受けていないからこそ、光をおがむことができず、仏の尊きお言葉をも聴聞することができない、だからこそ仏さま助けて下さいと念々に言うべきなのです。(このように、助けて下さいと願うことと、仏さまの恩恵・光・言葉を頂きたいと願うことは)言葉は違えどもただ同じ事なのです。

弁栄上人『人生の帰趣』という著書に次のようにあります。
我らは弱き凡夫である。必らず大悲のミオヤ(仏さま)を離れてはならぬ。其大悲のミオヤが我らが念頭に往来して我を助け給う其心の表現が即ち称名の声である。其称名の声を発する心の奥には大悲のミオヤが在ます。

なんと、温かく、頼もしき法然上人、聖光上人、弁栄上人のお言葉。

「法然上人、弁栄上人、私は穴に落ちていることに気付き、やっと仏さまに助けてと思えるようになりました!そして、光を頂きたいと願うことと、助けて下さいと願うことは同じことなのですね。温かきお導き本当にありがとうございます!」

おかしな喜びですよね。

至心に精進を穴の底より誓い合掌



--------以上--------